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特集

2021地震の復興状況とコロナ禍での福島競馬

2021年2月13日、福島競馬場を再び地震が襲った。4月10日から5月2日までの第1回福島競馬の開催が中止となり、7月の開催は観客の入場は困難と判断され無観客で開催された。このような状況下の中での、地震からの復興とコロナ禍での福島競馬開催をリポートする。

スタンド改修
セットバック(5階馬場側指定席一部削減)
アーキウェイブ(電車の連結部分などに使われるクッション性の樹脂製波型タイプ)
メッシュシート(天井の覆い)
エキスパンションジョイント等
来賓ロビー
手すり

2021年2月13日午後11時8分、福島競馬場を地震が襲った。福島県沖を震源としたこの地震はマグニチュード7.3。最大震度は福島県相馬市などの震度6強。福島競馬場がある福島市は震度6弱だった。2011年3月11日午後2時46分。あの東日本大震災から間もなく10年の節目を迎える直前に当時以来の大きな地震が起きてしまった。あの日、競馬場のスタンド6階で地震を体験した私は、自宅で今回の大きな揺れを感じながら競馬場のスタンドの状況を心配せずにはいられなかった。
東日本大震災当時、私はスタンド6階の記者室で翌日の土曜日の予想と原稿の執筆を続けていた。緊急地震速報が鳴った直後に大きな地響きとともに揺れが襲った。使っていた電気ストーブをあわてて消して、大きな机の下に潜った。揺れが大きすぎてじっとしていられなかった。ロッカーが倒れて、当時あったレース観戦用のブラウン管のモニターがあちこちに転がった。潜る場所を間違えていればモニターが直撃していたかもしれない。長く感じた。早く終わってくれと祈りながら耐えた。仕事を終えて夜、自宅に戻ってから両膝が痛いことに気付いた。強烈な揺れの中で四つんばいで動かないように踏ん張ったために両膝が内出血していたのだ。建物が壊れてしまうのはこういう揺れかもしれない。
漠然とそんなことも思った。揺れがおさまって廊下にでるとスプリンクラーが作動して水浸しだった。大きな余震が襲う中、何とかスタンドから脱出した。九死に一生を得た。大げさではなくそう思った。ケガもなく無事だったことは幸運だった。昨年の地震の時にはこの体験がフラッシュバックした。競馬場のスタンドはきっと大変なことになっているのではないか。その不安は的中した。
今回の地震は土曜日の夜。翌日の馬券発売は当然中止となった。被害が大きかったのは最上階の6階。
来賓室ロビーの天井や断熱材が落下した。5階指定席のガラスが割れたりスプリンクラーの配管から漏水。天井パネルが落下した場所もあった。6階には決勝審判室や写真判定室、情報管理室など開催の中枢部分が集中している。これらが被害を受けては開催はできない。震災は金曜日、今回は土曜日の夜。スタンドにファンがいない時間帯で人的な被害がなかったのは唯一の救いだった。のちに公開された被害の状況をとらえた写真を見た時、ファンがいない時間帯で本当によかったと感じた。あわや大惨事になりかねない。そう思った。4月10日から5月2日まで延べ8日間開催予定だった春の福島競馬開催はいち早く中止が決まった。
スタンドは北側、中央部、南側の3つの建物がつながってできており継ぎ目のエキスパンションジョイントで揺れを逃がす構造だ。地震には同じ揺れがない。同じ大きな揺れでも建物に与える影響の質が違うのだ。震災時もエキスパンションジョイントが想定された働きができずに被害が大きくなった。十分に対策をして改修をしたのだが、今回もエキスパンションジョイントが大きな揺れで想定された働きができなかったことが大きな被害につながってしまった。当初は夏の福島競馬開催も難しいとの見通しだったが、4月中まで時間をかけて徹底的に被害の程度を調査し、損壊した部分があったものの、スタンドの建物の安全を損なうまでではなかったことを確認した。あの震災の揺れを乗り越えた競馬場のスタンドはしっかりと立っていた。開催の中枢部分が集中するスタンド6階を調査し復旧を進め、
夏の福島競馬の開催に十分に間に合うと判断した。ただ、スタンド1階から5階までのファンエリアは修復が間に合わないため観客の入場は困難と判断し無観客での開催となった。8月14日にスタンド一階南側、馬場内発売所、自動車専用発売所で営業を開始。10月9日には4階北側のA指定席と3階のUMACAシートの運用を始めるなど段階的にスタンドの使用を再開した。

11月6日、レースを観戦するファン

今回のスタンド改修で大きな変更点はまずエキスパンションジョイントのリニューアルだ。壁面を電車の連結部分などに使われるクッション性の樹脂製波型タイプに変更し、天井部分は落下しても二次災害を防ぐために軽量のメッシュシートで覆った。ガラスが破損したスタンド5階の馬場側は指定席の一部を削減し、ガラスとエキスパンションジョイントの位置を下げて緩衝地帯を設けて観戦の障害にならないようにした。スタンド6階の来賓エリアのロビーは断熱材など天井の一部が落下したり配管の破損などがあったが、耐震支持と補強を施して改装した。安全性向上のために5階・6階には手すりを設置した。印象的なのはスタンドを馬場側から見ると2カ所あるエキスパンションジョイントが縦に一直線に走っていることだ。電車の連結部のようなクッションで揺れを逃がす。まさに大改修だった。安心と安全を確保しながらどう復旧していくか。関係者は奔走した。
施設の関係者も震災から10年の節目にまたしても地震でスタンドに被害が出たことに大きなショックを受けていた。それでも今後を見据えて徹底して調査を続け、スタンドの構造には影響がなかったことに安堵した。当初は夏の開催も難しいと思われたが、潮目が変わったのは4月半ばを過ぎたあたりだった。福島競馬場施設整備課の飯田哲也担当課長は
「見えない場所をどう改修していくか。細かい確認作業が大切だということを痛感した」という。震災の時に落下した5階指定席の天井は今回は無事だった。それでも新しく壊れた所もあった。「10年前は正解だと思ったことがその通りの部分もあったし、そうでなかったところもある。難しいと感じた」と苦労を振り返った。改修工事を続けながら急ピッチでスタンド6階の開催の中枢部分を復旧させて無観客開催で乗り切り、秋の開催を無事にファンを迎えて開催した。福島競馬場の施設担当の方々、業者の皆さんの努力には頭が下がる。秋競馬を前に我々報道陣にスタンドの復旧状況を公開した時、飯田課長は「お客様の安全を第一に考えて素材の軽量化や、強度な耐震固定をして安全面を重視したつくりにした。心配なく競馬を楽しんでいただけると思う」と胸を張った。さすがプロの言葉だと感じた。
11月6日。福島競馬場のターフを競走馬が駆け抜け、競馬開催時にスタンドにファンが詰め掛けたのは実に1年ぶりのことだった。新型コロナウイルス感染症拡大の影響で2020年も有観客での開催は秋だけだった。人数を制限したとはいえ競馬場に活気が戻った。1Rのファンファーレが鳴るとファンから拍手が起きた。それは東日本大震災から復活した2012年4月の開催の1Rと同じように待ちかねたファンからの祝福の拍手だった。入場者は4100人。指定席を購入した有料入場者は2139人。残りの約2000人はスタンド1階南側など無料の「買い帰りエリア」で馬券購入だけに訪れた人たちだった。長年のファンの中にはネット予約が難しいという声も聞かれたが、観戦はできなかったものの競馬に戻ってきて馬券を買って楽しんでくれた。ありがたいことである。
コロナ禍での開催はさまざまな変化をもたらした。2020年の春に無観客で開催された時にはこれほど馬が走る蹄の音が響くものかと感じた。ジョッキーの気合も聞こえてきた。ファンの声援がない代わりに競馬の「音」をあらためて感じることができた。競走馬の走る迫力も体感できた。ファンは声援を送る代わりに拍手でたたえた。スタンドにファンがいないためにジョッキーたちがウイナーズサークルからファンエリアを通って2階のパドックに向かう姿が見られたのは無観客開催ならではの光景だった。4コーナーの満開のサクラの前を、夏の日差しの中を、色鮮やかな紅葉をバックに、それぞれの季節で迫力ある競馬が繰り広げられた。日常のありがたさを競馬が無事に行われることで感じることができた。ソーシャルディスタンスを取るために窓口の間隔を空けたり、マークカードを記入するスペースをアクリル板で仕切るなどコロナ対策を施した。コロナ禍でも中央競馬は一度も休むことなく開催を続けた。関係者の努力に感謝したい。
デルタからオミクロンへ。コロナ禍は新しい局面を迎えている。入場は制限されたままだ。まだコロナとの戦いは続いている。インターネット投票の普及で中央競馬は売り上げを伸ばしている。コロナ禍の中で貴重な娯楽として競馬が果たしてきた役割は大きい。とはいえ、理想はやはり制限なくファンが競馬場に詰め掛けることができることだ。馬主さんでさえ所有馬が出走しているのに競馬場に訪れることができない時期もあった。表彰式や口取り写真の撮影もなかった。もうそういうことがないようにしたい。福島競馬場は貴重な観光資源でもある。地元の期待も大きい。以前のようなにぎわいを取り戻すまではまだ我慢が必要だろう。それでも競馬を愛する福島のファンがかつてのように集まって競馬を楽しめる時は必ず戻ってくる。そう信じている。その日が来るのを待ちたい。

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