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特集

福島競馬、再開−。
福島競馬場改修工事レポート

3月11日の東日本大震災から1年。4月7日の福島競馬再開へ向けてクリアにしなければならなかった問題はスタンドの改修・耐震性の見直し、そして、放射性物質の除染だった。急ピッチで工事が進む2月末に福島競馬場を訪ね、取材した。

損傷の大きかった建物の繋ぎ目部分を大胆に変更

 桜花賞ウイークにあたる4月7日、いよいよ福島に競馬の蹄音が戻ってくる。東日本大震災によって開催不能の状況に陥り、春の開催はもとより、夏、そして秋の開催も中止に追い込まれた昨年の福島競馬場だが、関係者はその間も、「より安全に、より安心して」レースを楽しんでもらえるような環境の整備を目指し、福島競馬の復興というプロジェクトに取り組んできた。ならば具体的にはどんな安全かつ安心対策が講じられたのか。本稿では開催の再開に向けて実施されてきた様々な取り組みについてレポートする。

 福島競馬の再開を目指すうえでは、柱となるテーマが2つあった。ひとつは未曾有の震災によって損壊したスタンドをはじめとする施設面の復旧、そしてもうひとつが震災の直後に発生した原発事故の影響による放射性物質の除染対策である。このうち除染対策については後述するとして、まずはスタンドの復旧工事からみていこう。

 傍目には「ひとつの大きな建物」と映る福島競馬場のスタンド(6階建て)は、内部的には1コーナー寄りの北棟、中央部の中棟、4コーナー寄りの南棟と、それぞれ別個といえる3つの建物を、2つの繋ぎ目部分で接合した構造になっている。先の震災でとりわけ大きなダメージを受けたのは中棟スタンドの高層階で、5階フロアの天井はほとんど崩落、また、南北棟との繋ぎ目にあたる部分近辺の損壊も激しくて、スタンド前面のガラスの一部は割れて枠ごと外れ、地面に落下してしまったほどである。

 地震が発生した昨年の3月11日は金曜日で、つまり非開催日。幸いにして人的被害は出なかったのだが、同規模の震災がもし開催日に起きていたら大変な惨事になっていた。それなりの重量がある天井ボードが崩落した下に、あるいは枠ごと外れて地面に落ちてきたガラスの下に大勢の人がいたら──。軽微な怪我程度の人的被害では済まなかったことは容易に想像がつく。
 従って損壊した施設や設備を復旧するにあたっては、開催日に同規模の地震が起きた場合のことも想定しておく必要があった。要するに従来のスタンドよりも耐震性を強化する必要があるということだ。

「復旧工事の設計段階で、ウチのほうから設計担当者にそういう要望(耐震性の強化)を出しました。新たな建物をイチから造る場合と異なり、今回のように被災した既存の建物を修復するケースで、さらに耐震性も強化するとなると専門家の方でもなかなか難しいみたいでしたが、それでも色々な手法を用いていただいた結果、スタンドの安全性、耐震性についてはかなりのレベルにまで強化することができました」(JRA福島競馬場施設整備課・都田裕二課長)

 そのために実施された具体的な工法について話を進める前に、天井やガラスが崩落した 理由 についても触れておこう。中棟スタンド高層階の被害が激しくなったのは、南北かつ上下方向の揺れが大きかったという先の地震の特徴と、南北に長い形状で建っているスタンドの位置関係が不幸な形で重なってしまったため、また、3つの棟を繋ぎ合わせているスタンドの構造のため(建物が異なると揺れ方も異なり、上の階にいくほどそのズレも大きくなる。このため、両サイドから挟まれて揺さぶられた中棟スタンド高層階の、特に繋ぎ目部分付近の損壊が激しくなった)でもあるが、都田さんによると調査の結果、天井の崩落については次のような事実が判明したのだという。

「天井ボードは軽鉄の下地に貼り付けてあって、その軽鉄は支持金物と呼ばれる細長いボルトで、上層フロアの床面と接合されています。横から眺めると、上層フロアの床面から天井ボードを吊ってあるようなイメージですね。その天井裏のスペースには空調用のダクトとか、何百本というケーブルを積んだケーブルラックなども配置されているんです。ところが先の地震ではあまりにも揺れが激しかったため、個々は軽くても、全体ではかなりの重量があるそれらの配置物が自重で揺れて、天井ボードを吊っている支持金物(ボルト)に当たってこれを破断してしまったんです」

 だからといってダクトやケーブルラックなどを撤去するわけにはいかない。それをやるとなるとスタンド全体の構造を造りかえる必要があり、とても現実的な話ではないからだ。ならば既存の配置物を残しつつ、耐震性を強化するためにはどうすればいいのか。こうして考え出されたのが、 既存の配置物が天井ボードを吊っている支持金物に干渉しないような構造 に造りかえることだった。

「新たに入れた鉄骨を建物に接合し、その鉄骨でダクトを挟み込む、あるいはケーブルラックなども鉄骨に接合することにしました。こうすればかなり激しく揺れても既存の配置物は支持金物に当たらないし、多少は当たっても、ボルトを破断するまでには至らないというわけです」

 この新たに鉄骨を入れる工事は、中棟の2~5階フロアの天井部分を対象にすべて実施された。天井が崩落しなかった低層階でも工事を行ったのは、「調査した結果、低層階でもボルトの破断があちこちで起きていたため」だという。そんな中棟に対して「ボルトの破断はほとんど見られなかった」という南棟、北棟については、新たに鉄骨を入れる工事は行われなかったものの、天井裏に配置されている重量物をもともと設置されていた鉄骨に改めてくくりつけ、耐震性の強化を図った。さらに天井の一部が崩落した5階の指定席フロアのひな壇部分──天井が斜めになっており、他のエリアとは少し構造が異なる──については、従来よりもかなり太い鉄骨を筋交い(Xのような形)の形で入れ(左ページ左上の写真)、耐震性を強化した。「たとえ先の震災と同じレベルの地震が起きても、もう天井が落ちることはないはずです」と都田さんは胸を張る。

 一方、損壊が激しかった繋ぎ目部分はどのように改修されたのか。都田さんによると、「大きな地震が起きたとき、スタンドの繋ぎ目部分が壊れてしまうのはある意味、やむを得ないこと」なのだという。前記したように本来は別々の建物を見かけ上はひとつにして運用しているのだからそれも当然だ。とはいえ、ある程度の損壊は免れないとしても、「同等レベルの地震がまた起きてしまった場合でも、被害がもう少し小さくて済む」ような対策は講じておく必要がある。たとえば高層フロアから ガラスが枠ごと外れて地面に落下する なんて事態は、絶対に防がなければならない。そのために実施されたのがユニークともいえる対処策だった。

「スタンド前面のガラスはもともと、ワイヤーで固定するなどして、ガラス枠自体が落下しない構造になっているんです。しかし繋ぎ目部分では現実にガラスが枠ごと落ちてしまったわけで、ならば大きな地震が起きても落下しない、枠が外れた場合でも下には落ちない構造にしようと。なので繋ぎ目部分についてはガラスを少し内側に凹ませるような構造に造りかえました」

 凹ませた個所には小さなベランダのような踊り場が設けられており、万が一、ガラスが枠ごと外れてしまった場合でもそこで受け止め、地上への落下を防ぐ仕組み。さらにはパドックとスタンド内、馬場側のエリアをファンが行き来する動線にあたっていたパドックフロア(2階)の2箇所の繋ぎ目部分にも、思い切った改善が施された。

「従来の繋ぎ目部分に設置されていた扉などは地震で全部壊れてしまったんです。地震が発生した瞬間にそこをお客様が通っていたら大変なことになりますから、繋ぎ目部分のサッシなどは取り払い、設置しないことにしました」

 この結果、パドックフロアの2箇所の繋ぎ目部分は、パドックとスタンド前のエリアを結ぶ半開放型の通路に変身。引き戸をわざわざ開けてパドックに出入りしていた従来に比べると通気性がよくなるので、蒸し暑い夏場の開催などでは人馬の不快指数が軽減される効果も見込める。

“しらみつぶし”に高圧洗浄を実施し、除染を進めた

 そのように、東日本大震災と同等規模の大地震に再び見舞われたときのことも想定して施設面の復旧や整備が進められていく一方では、ある意味、復旧工事以上に重たく厄介な テーマ といえる除染の対策も着々と進められた。走路の内側部分の芝を張り替えた(原則的には内側10メートルだが、入手できた芝をより効果的に活用するため、走行頻度が高い個所を重点的に張り替えた)こと、場外発売所として使われていた内馬場エリアの芝をすべて剥ぎ取ったこと、ベンチなどの場内施設についても除染作業が行われていることは、本誌の前号でもお伝えした通りだが、その後、ダートコースと厩舎地区の砂も全面交換を実施。内馬場に設置されている遊具なども含め、外気にさらされているエリアでは、 しらみつぶし に高圧洗浄を実施し、除染を進めた。この高圧洗浄は当初、試行錯誤の連続だったという。

「今でこそ、市内の一般の家屋で高圧洗浄を実施する場合、 屋根から始めると効率的に進む などのマニュアルが浸透してきていますが、最初の頃はやり方がよく分からなかったですからね。たとえば高圧洗浄は素材によって効果がまちまちなんです。コンクリートの床とか、タイルのようにツルツルしている素材は、高圧洗浄をかければ数値が落ちますが、パドックのウレタンや人工芝のようにザラザラしている素材だと効果は低い。洗浄効果が低い素材は丸ごと交換する必要があるわけですが、そうした素材による違いなどは、除染を進めながら段々と把握していく感じでした。それでもお客様が足を運ばれるところ、人や馬と関わりのあるところについてはすべて(除染を)やったと解釈していただいて構いません」

 ところで国は暫定的な措置として、敷地内で出た放射線を有する資材などについては、同じ敷地内で保管(あくまでも建前は一時保管)するように定めている。なので交換された素材や砂、張り替える前の芝、これを覆っていたシートなどはすべて、内馬場内の一角(養生芝地として利用されていたエリアで、ファンは出入りしない場所)に深くて大きな穴を掘って埋めることになった。

「深さ2・5メートルの穴を掘って遮水シートを敷き、その上に交換した砂や芝などをどんどん入れていきました。2・5メートルの深さのうち2メートルまでをそうした汚染物資で埋め、それを風呂敷みたいにシートで包んで目張りをして、その上の50センチを(汚染されていない)土で埋める。そうすると、土の中の放射線はもう、ほとんど地表には出てこないんです。たとえば原発の事故が起きたとき、ウチでは芝コースに(発育を促すための)シートをかけていたんですね。その大きなシートの放射線量を後で測ったら、100とか200だとか、それこそビックリするような数値が出ました。しかしそのシートを埋め、土で覆ってから地表の数値を計測してみると、0・1にも満たない数値になっている。その上を歩いても、まったく問題はないわけです」

 埋めた汚染物資の総量は5千立方メートル以上に及んだというものの、それが来場者や人馬に何らかの影響を及ぼす危険性は まったくない と考えられることが、このエピソードからもお分かりいただけるだろう。

 ちなみに2月中旬の段階で、馬場内投票所付近の屋外エリアの数値は0・26マイクロシーベルト、スタンド内の数値は0・07マイクロシーベルト(いずれも数箇所で何回も計測した数値を平均したもの)と、ほぼすべての人が 安心 と感じるであろうレベルに低下している。福島市内の空間線量も0・6~0・8マイクロシーベルト程度で安定しているため、雨や雪が降った後でも競馬場内の数値に変動はないという。

「放射線量に対する概念に、個人差があることはもちろん承知しています。一般的にはまったく問題はないとされているレベルでも、原発事故の被害が及ばなかった地域よりほんの僅かでも数値が高かったら やっぱり気になるという方もいらっしゃるでしょうし、それは仕方がないこと。ただ、数値が下がれば下がるほど、安心して来ていただけるお客様の数が増えることは確かですからね。除染作業については開催が再開されてからも継続して取り組んでいくつもりです」と気を引き締める都田さんだった。

 本格的な復旧工事の着手(昨年9月)よりひと足早く、7月の時点で張り替えを実施したおかげで芝は順調に根付いており、「張り替えを行った内側部分も外側部分と変わらない生育状況」だという。秋の開催で使われた後に春の開催を迎える例年と異なり、今年はまっさらの状態で開幕を迎えるわけだから、「芝コースは例年の春開催よりだいぶ良好なコンディションです」と胸を張るのも頷ける。また、同様のことは新品の砂に交換されたダートコースについてもいえるだろう。

 例年以上の降雪に悩まされ、やや遅れ気味だという工事だが、取材した2月末時点での進捗状況は90パーセントを超えており、いよいよラストスパートといえる段階に差し掛かった。未曾有の震災を経て「より安全に、より安心してレースを楽しめる」環境に生まれ変わった福島競馬場にもう間もなく、馬たちの蹄音が甦ろうとしている。

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