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特集

国枝栄調教師に聞く
東西格差の問題点

東西格差が叫ばれて久しいがそれを打開するためにはいったい何が問題なのかを認識する必要がある。東西の不平等を実際に感じながらも、アパパネやマツリダゴッホなど劣勢の関東勢の中で、近年でも良績を残す国枝栄調教師に話を聞いてみた。

国松調教師
馬房数5%の差はそのまま獲得賞金に跳ね返ってくる

 この会報でも以前に記事にしたように、美浦と栗東の間には西高東低と言われる格差があり、圧倒的に関西が優位という状況が続いている。
 過去に遡れば関東が優勢であった時代もあったが、1988年に初めて関 西が年間の勝ち鞍数で関東を逆転すると、昨年の2010年まで23年間も、そのままの状況が続いている。当初は46勝だったその差は、1992年の時点ですでに696勝にまで広がっていった。昨年に関しても、牝馬三冠を達成したアパパネや宝塚記念を勝ったナカヤマフェスタなどの関東馬が春のGⅠレースで活躍し、関東馬の巻き返 しの声も上がったが、終わってみれば年間の勝利数では470勝の差がついたままなのである。また、勝ち星以外でも、調教師1人あたりの進上金の差は近年では1700万円程度までになるという。
 こういった具体的な数字はそのまま馬主の獲得賞金とも密接に関わってくる部分でもあり、中には「それならば栗東に預託すれば良い」という声も当然のように上がるが、その一方では、「関西は馬が溢れていて、思うように競馬を走ることができない」という声もあり、不均衡が拡大してしまっているのが現状なのである。
 こうした不均衡が生まれてきた背景には、再三取り上げられる坂路や施設の違いなど、様々な東西の不平等がある。同じ中央競馬で競馬をしている以上、東西同じ条件で勝負できる環境であるべきであり、その中で馬主が預託厩舎を選択できるようにするというのが本来あるべき姿だろう。
 現場で馬を預かる関係者たちはこの問題をどのように考えているのだろうか。今回は、劣勢の関東勢の中、近年でも三冠牝馬アパパネをはじめ、春の天皇賞勝ち馬マイネルキッツ、有馬記念を勝ったマツリダゴッホなどの活躍 馬を手掛ける国枝栄調教師に話を聞いてみた。
 国枝氏はまず、馬房の問題と立地条件という2つの要因を上げた。

「馬房数は、2224馬房である美浦に対して、栗東は2108馬房と、美浦の方が116馬房多い。馬資源が足りない時期でも、調教師1人あたりの獲得賞金ということでは関東の方が少なかったのですが、除外が続出する現在では、必然的により1頭あたりの出走回数、調教師1人あたり、また、1馬房あたりの獲得賞金が、関東の方が少なくなってしまう状況になっています」

 関東は116馬房多いという現状の 中、東京・中山の関東と京都・阪神の関西のレース数は同数。馬房数から言えば、約5%ほど、関東の方がレース数が多くて公平ということになるはずではないのか。
 さらに、国枝師は関東、関西ともに滞在競馬となる北海道開催の馬房数についても、こう指摘する。

「関東の方が、関東全体の2224馬房でいえば約5%、馬房数が多いわけですから、北海道の馬房もその分多く割り当てられるべきはずなのです。ですが、現状では、全体の馬房数を関東と関西で二等分しています」

 北海道シリーズの馬房数をこの比率どおり関東と関西に割り当てるとするならば、関東の方が18馬房多く割り当てられる計算になる。しかし、現状で割り当てられる馬房数は同数である。
 この問題に関しては、現在、中央競馬会は調教師会に対してすべてを委ねてしまっている。調教師会で話し合いが行われても、もし全体の馬房数の割合を基準として分配することになると、関西は馬房が減ることになるのだから、了承するわけがない。主催者であるJRAには、この状況を改善する責任があるはずだ。
 また“僅か”5%程度という指摘もあるが、1馬房における北海道シリーズ通しての平均収益は約2400万円にも及ぶ。国枝師はこの点について「とても大きい」と言う。

「賞金とその他の手当などの収入をすべて含めると、4開催ある北海道シリーズを通して、1馬房あたり平均2400万円の収益があります。この金額が大きいということはご理解いただけると思います。しかも北海道は、函館と札幌の間、さらには育成牧場との 間で入れ替えを頻繁に行っています。また、レースの多くは未勝利戦や500万下という下級条件ですから、馬房の効率性という部分は重要です。北海道開催では、他の開催よりも収益の差がより多く生じているのではないでしょうか」

 全体の馬房数の割合から考えると、北海道シリーズでは、関東の方が関西より18馬房多く割り当てられるべきだとすると、1馬房あたりの収益が北海道シリーズを通じて約2400万円な のだから、単純に計算すると18馬房分では約4億3200万円もの収益の差が生じることになる。
 この馬房数の格差も、東西の格差に拍車をかけてしまっていると言っていいだろう。また、国枝師は、馬房の価値をより鮮明にした要因のひとつとして、立地条件についても言及する。

「その昔は、関東と関西で棲み分けがされていました。クラシックで言えば、本番で関東と関西の有力候補たちが激突する形だったのです。ところが、高 速道路が日本全国津々浦々まで整備され、また様々な規制緩和によって関東と関西の垣根が徐々に外されました。そして、関東と関西の間で日常的な交流が始まったのですが、そこで決定的な差を生むことになったのが両トレセンの立地条件です。北海道を除いた8競馬場へ遠征するときに、どの競馬場に向かうのも10時間以内ですんでしまう栗東に対して、美浦は交通事情によっては京都、阪神までは10時間以上、小倉までは18時間以上を要するわけです。夏でいえば、栗東からは小倉と新潟でそれほど輸送時間が変わらないのですから、栗東では状況を見据えながら調整できるわけです。でも関東はそうはいきません。また、どこへ行くにも慢性的な渋滞を抱える首都高速を通過しなければならないのですから、交通状況によってはもっと時間が掛かることも珍しくありません。適切かどうかわかりませんが、乗り継ぎが便利で、どこへ行くにもアクセスが良いハブ空港が栗東であるのに対して、美浦は乗り継ぎのアクセスが悪く、どこへ行くにも時間を要する地方空港という位置付けとなってしまっているのです」

 一説には、10時間をひとつの境として、輸送熱の確率が高くなると言われ ており、首都高の渋滞次第では12時間以上かかることもある美浦から京都、阪神への遠征は明らかにより多くのリスクを抱えているといえるのだ。
 美浦から最も遠い小倉競馬場について付け加えると、関東馬の成績こそが損失の大きさを物語っている。2010年では関西馬の258勝に対して関東馬はわずか30勝である。小倉開催は年に3回あり、夏の開催にはサマーシリーズというボーナスが掛かった重賞レースも含まれており、そのボーナスだけでも1億円にも及ぶ。

構造的欠点を抱える美浦の坂路に対して使いやすい栗東の坂路

 次に、これは東西格差が生じ始めてから再三にわたってマスコミなどにも取り上げられる、坂路をはじめとする施設の差について。
 一部では関東に対して、「工夫が足りない」、「違う方法があるはずだ」、あるいは「やる気の問題」など、精神論に訴える声もあるのだが、1985年に栗東に坂路ができて、その3年後の1988年に年間の勝ち星で逆転を許し、その後、美浦が栗東を上回ったことがただの一度もないのが現実だ。 その後、1993年には美浦にも坂路ができるのだが、構造的な欠陥を抱えたままである。関西所属の騎手たちが美浦の坂路に騎乗した際に、「いつから坂路が始まるのかと思ったらゴールだった」と口にするのをよく耳にする。
 アパパネやマイネルキッツが関西のレースに出走する際に、栗東トレセンに滞在しながら調整をしている国枝栄師も、坂路の違いについては「とても大きい」と同意する。

「一番の違いは、栗東の坂路は最初から2%の登り坂になっているということでしょう。最初から最後まで登り続けていますので、馬が勝手に走ることができなく、馬たちもそのことをよく理解しているのです。だから、栗東の坂路では、引っ掛かっていく馬たちをほとんど見かけることはありません。それによって、騎乗者が無理なく、馬とコンタクトを取ることができて、手の内に入れた形となりますので、馬に必要以上の負担を強いることなく、調教を行うことができるのです。とても使いやすいですよ」

 現場で見ていると、美浦トレセンの坂路は延長されて、栗東よりも長くなったものの、スタート地点からほぼ平坦なコースが600メートル以上続 いていて、騎乗者の制止を無視する形で、勢いよく坂路を駈け上がっていく馬たちの姿が確認できる。栗東との格差を埋めるということを主眼として延長された美浦の坂路であるが、馬にとって楽な助走部分が延びただけというのが実情だ。
 JRAは坂路について、乳酸値などのデータを用いて、効果は東西同じという見解を示しているが、現在まで関東馬が関西馬を逆転するどころか、肉薄することさえできてない現状では、それを鵜呑みにはできない。
 ハード面について、同師は坂路以外に、ウッドチップコースも例にあげて違いを説明する。

「ポリトラックコースを導入する以前、栗東にはウッドチップコースが2つありました。外にあるDコースが1周2000メートル、内に位置するCコースが1800メートルだったのです。それに対して美浦は1周1600メートルのコースひとつしかありません。ウッドチップコースというのは滑りやすいので、コーナーが緩やかであった方が良いのですが、当然、1周の距離が短い美浦の方がコーナーはきつくなっています」

 同じJRAという組織に属し、免許 交付を受け、厩舎を借りて、そして競馬をしている。精神論などは同じ施設が提供されてそれでも成績が変わらないときに初めて議論されるべきだろう。
 いわゆるバブル経済以降の日本経済を失われた20年という言い方がされるが、それよりも長い時間に渡り、西高東低という状況が続いている。
 坂路をはじめとする施設に加え、不均等な制度が改善されることなく、放置され続けている。確かに、トレセンを建設する段階で交通事情を含め、いまのような現状は想像できなかっただろう。ただ、だからと言って、このままでいいわけがない。
 抜本的な改革をし、プロ野球のように1軍、2軍という差別化をして、栗東を1軍で美浦を2軍ということにするのか(もしそうするならば、成績によって入れ替えがあるシステムにしならなければならないが)、あるいは、昔のように関東と関西で棲み分けをして、上級のレースで初めて東西の馬が激突するというスタイルにするのか。これは極端な例だが、制度だけならば、その気になればいつでも変えられる。

 国枝栄調教師も「施設等の面で即効性を求めるのは難しいでしょう。ただ、馬房の数と、立地条件による不公平さはJRAが対応するつもりならば、すぐにでも取りかかれるはずです」と、早急なるJRAの改善を求める。

 馬券の売り上げ減は歯止めが掛からず、10年以上続いている。JRAは経営者委員会なるものを立ち上げ、改善に努めているのだが、その効果を実感する声は皆無と言っていい。
 そんな中でも、昨年もGⅠデイに入場人員が増加したこともあるというのは、ファンは魅力的な競馬を待っているということではないか。
 魅力的な競馬というのは、すべてのレースをフルゲートにすることではなく、強い馬たちが同じ条件で競い合うことを意味する。多くのレースでそれを実現するためにも、東西格差を生む不公平な制度や違いすぎる施設を早急に改善することが、その第一歩となるはずだ。
 今度もこの問題については、JRAに話を聞くなどして追究していきたい。

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