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馬の体
【実を結び始めている暑熱対策】
本稿では、一昨年に「馬の耐暑性と耐寒性」をテーマに山嵜獣医にお話しを伺いましたが、2年が経ち、輪をかけて夏の酷暑が続くなか、JRAを中心に様々な暑熱対策が打ち出されてきました。
その効果や、馬をとりまく人々の意識変化などについて実情を改めて取材しました。
様々な研究や啓蒙活動の結果、常識が変わり始めてきた
2年前に本稿で設けた暑熱対策について、JRA では2024 年の夏開催から、「競走時間帯の拡大」として、日中の気温が高い時間帯を避けてレース番組が組まれるようになった。初年度は新潟開催のみ、そして2025 年は中京競馬場もその対象となった。また、時期を同じくしてパドックの周回時間の短縮にも踏み切った。次々と導入されるJRA の暑熱対策の効果、そして、その現状を山嵜獣医に尋ねた。
「まず、昼休みを設けたという点については大正解だと思います。やはり一番暑い時間に走らせるというのは馬にとってもしんどいですし、人間も大変です。拘束時間という点では厩舎スタッフ的には結構負担ですけど、でも彼ら自身も暑い時間に作業をしなくてよく楽になったという話も聞きます。また、暑くて集中力を欠くことが原因で起きる事故も減らせているのではないでしょうか。
そして、まだ集計途中とは聞いていますが、実際に6月から8月に熱中症になった馬の数もJRA から記事で公表されていて、2023 年は46頭、2024 年35頭、そして2025 年は26頭と、数が減ってきています。
トレセンでも〝夏負け〟はかなり減ったという実感があります。今までは、汗がかけなくなる無汗症であったり、倒れてしまう馬もいましたが、それもだいぶ見なくなりました。これは一概に馬が体質的に強くなったというのではなく、JRA が講習会を行ったり、競走馬診療所がまとめたハンドブックを配布したり、そうした啓蒙活動が実ってきて効果として出ているのだと思います」
ハンドブック内には、やはり2年前にも山嵜獣医が触れた、馬の冷却や、暑熱への順化、事前事後の運動の再検証などがイラスト入りで判りやすく解説されている。
「それによって調教師さんや厩務員さんら厩舎関係者の考え方、常識が大きく変わったのは間違いありません。調教師さんが、調教のメニューやレース選択だけでなく、こうした点に目を向けて馬のコンディション、パフォーマンスを良くするために研究発表会に来ているのをよく見かけるようになりました。
以前であれば、調教や競馬といった激しい運動のあとは、上がった乳酸値を抑えるのを目的に、必ず引き運動、上がり運動をしなければいけない、という考えが常識でした。ところが、実は引き運動をした場合と、しないですぐに馬体を冷却した場合では、乳酸値の減少については有意差がほとんどないということがJRAの研究でも明らかになったんですね。
逆に冷却した際の効果は絶大です。特に競馬場に設置されたシャワーがかなり厩務員さんたちからの評価が高いですね。その結果が数字として出ているのでしょう」
水を浴びさせての冷却は、人間の感覚では逆に風邪をひく心配も出てくるが、実際はどうなのだろうか。
気温も低いので心配になるとは思いますが、夏場は相当体に熱をため込んでいる状態になっています。
また、冷却することは他にもケガの予防というメリットがあります。まず、馬は熱中症になると筋肉も緊張してしまいますから、それ自体がケガのリスクにもなります。また、これは人間のアスリートでも同じですが、運動したあとはアイシングを行いますよね。激しい運動をすればどうしても関節炎が起きます。すぐに冷やすことで、そこが原因のケガを防ぐことができます」
昨年のスプリンターズSのレース後も、勝ったウインカーネリアンが口取り撮影の前にまずアイシングをされていることが見受けられた。
「これらの冷やす習慣はトレセンだけではなく、近隣の牧場でも取り入れられつつあります。特に牧場はトレセンの水道水と違って井戸水であることが多いので、より冷却に向いています」
施設面で言えば、前述のシャワーのほかにも、競馬場の厩舎にはエアコンも備え付けられ、また、美浦トレセンでは新しい厩舎の建設が進んでいる中で、旧来の厩舎よりもかなりアップデートがされているという。
「夏の新潟に滞在で遠征する馬もいますが、厩舎にエアコンがあるから、という理由もあるようですね。
新しい厩舎は天井が高くなって、昔の厩舎と比べて熱もこもりにくくなっていますね。また、馬が対面する形で馬房が並んでいるのも、リラックスできて良いですね」
対策だが、もうひとつ進んでいるのが、暑熱への順化で、暑い夏を乗り切るというアプローチだ。近年、暑い日が年々早まっている面もあり、この点は急務だ。
「実験としては、暑い中でトレッドミルを3週間ほどすると熱順化が起きて夏負けしにくくなる、というものがありますが、それを実用的に取り入れているところはまだ無いのではと思います。ただ、調教時間を普段よりも少し気温の上がる時間にずらして熱順化を促すといったことをやってる厩舎はあると聞きます。昨今は暑いと思ったら、急に気温も下がることもあるので、体調の管理にエアコンを活用して順化を進めるという方法もありますね。この分野はまだまだ対策の余地がありそうです」
さて、順調に効果の出ている暑熱対策であるが、今後考えられるアプローチや課題はあるのだろうか。
「すでにやられているものとして、冷却と併せて電解質の補給がありますが、実のところ、できる手は出尽くしている、というのが実情です。
究極を言えば、北海道開催の期間を以前のような期間にしたり、2場同時開催にしたり、秋の福島を復活させたり、ナイターの導入であったりですが、特にナイターは諸事情で難しいとは思います。この時期に一番がんばらないといけない3歳未勝利の馬も、夏負けが減って以前よりも使えるようになりましたが、無理をさせない番組があるのが一番のようにも思えます」