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馬の体

【消耗度と競走寿命】

以前に比べて高齢馬が勝つケースが格段に増えてきている一方、競馬カレンダーの変化やレースレベルの向上にともない、若駒を取り巻く環境も大きく様変わりしています。「早期の素質開花」と「競走寿命を延ばす」という双方の目的を果たすため、競走馬のケアやマネジメントの考え方も変化を遂げています。

山嵜将彦
現代の競走馬のケア、マネジメントは人間のトップアスリートと通ずる

昨年、京都大賞典で8歳になったダービー馬マカヒキが、3歳のニエル賞以来、5年ぶりの勝利を挙げた。また、今年に入っては1月に中京の2勝クラスで9歳馬ジオラマが3年7カ月ぶりとなる勝利を挙げた。
こうした例のほかにも、高齢馬が勝利するケースが増え、昨年だけで8歳以上の馬勝利は25回、今年に入っては、1月だけで8回と、全く珍しいケースではなくなってきた。 「昔は調教をすればするだけ走るというスパルタ的な考えがありましたが、今は身体のこと、そしてメンタル的なところも重視するようになったことが、競走寿命の長寿化に繋がっていると思います」と、ヤマザキホースクリニックを開業する山嵜将彦獣医は話す。
「まず、昔とくらべて、マネジメントする側が馬の状態をより把握できるようになりました。20年前と比べるとしっかりと馬を扱える人が増えましたし、行儀のいい馬も増えました。生産・育成期からの飼養管理も進んで馬がしっかりしているというか、体の核となる部分がしっかりとしている馬が増えたように思います。そのため、トレセンでの厳しい調教でもヘコヘコになる馬は少ないですし、回復力も上がっています。
その上で、馬の福祉ということを考えるようになったことが大きいです。例として、以前は消炎剤をレースの直前まで使えたのが、できなくなりました。人間でいえば『甲子園で投げなくてはいけないので消炎剤を打って何イニングも投げた』とかあるじゃないですか。それと同じで、競走馬も痛いけど消炎剤でごまかして競馬に行っていたとか。それがなくなったことで、無理をさせずにレースを使うことに繋がっています。また、メンタルのケアも進んだことで、牝馬の飼い食いも良くなりましたね。牝馬が強くなった一因じゃないでしょうか。
あとは、馬場管理の向上によって、脚元のコンディションが整いやすくなりました。これに、乳酸値を見たりとか、心拍を測って調教の具合を見たりとか、科学的なアプローチをかなりの調教師さんがやるようになったことで、調教の強弱を適切に管理できるようになりました。無理をさせれば、身体だけではなくメンタルにも悪影響にもなりますからね。そして適切な休養です。基本的にトレセンはトレーニングする場所なので休めません。休ませずに治療しながらとなりますが、治療後の反応がもうひとつなら放牧となり、牧場でも続けてケアができます。こうした積み重ねで、無理をしないで放牧に出したほうが、馬の競走生命も延びていきますね」
一方で、競馬カレンダーや調教スタイルの変化によって、懸念する面も出てきたという。
「昔よりも使い出しが早くなって、トレセンに来た段階で、もう初めから肩回りがすごい張っていたり、坂路に入れると腕節よりも上を痛めるケースが見られます。坂路を登るのって前脚に負担があまりかからない分、腰に負担が来るんですね。特に若駒は顕著。この前オーストラリアの獣医と一緒にトレセンの調教を見たんですけど『みんな腰が悪そうだね』というようなことを言っていました。今は坂路が主流で、どうしても3歳の春にダービーがありますし、未勝利戦も3歳夏で終わってしまうので、(そこに使おうとする分)早くデビューさせて早く勝ってということが求められているのを最近は特に感じますね」

このリスクを解消するためには、何が適切なのだろうか。
「その分、早く勝てたら、オーバーホールの時間を長くとることができます。そのオーバーホールの重要性が皆さん判っているからこそ、より早い1勝が大事になって、調教師さんもジレンマを抱えながら工夫されているところに、僕らが協力するという形ですね」
中央競馬では1勝をしているか否かが、長く所属できるかの大きな分岐点だ。ひとつ勝った以降は適切な休養がとりやすくなるメリットもあり、上のクラスに行くほどコンディション調整が重要になってくるのだと山嵜獣医は続ける。
「今、一線級の馬ほど使わなくなっているのは、1回使ったらよりオーバーホールに時間をかけているからだと思います。レベルが上がっているので、GⅠ級は本当に完璧じゃないと勝てません。未勝利とかだと『勝っちゃったね』なんてのもあるのですが、格が上がれば上がるほど難しくなっています。その分、仕上げていくので、放牧に出ると気が緩んで、それまで緊張していて隠れていたのが一気にガタっとくることもあります。
レースを使ってからのダメージの残り方は、骨の成長が終わっていない分、若い馬の方が大きいです。ただ、若い馬のほうが回復は早いです。5歳くらいになると、そこまで筋肉とかは痛んでこないですね」

それでも、馬主としてはできるだけ競馬場で走るところを見たい。
「馬主さんとしては使えるうちは使って欲しいでしょうし、トレセン内にいると正直なところ、牧場よりも人の手もかけられますし、病気になれば保険制度は使えますし、見舞金もあって恵まれています。なので、トレセンがいい、という馬主さんも理解できます。トレセンの厩舎の馬房数と実際の管理頭数の関係で、調教師さんは馬の入れ替えに積極的ですが、これはその分オーバーホールに繋がり、長い目で見て馬にとってもいいことなのです。屈腱炎なども蓄積疲労がメインですから、熱感があったりしたら休むことで予防、コントロールできます。私たちも勝たせようという思いで調教師さんとコンタクトを取りながらやっています。より長く楽しめるために理解していただけると幸いです」
競走馬の管理技術は日進月歩だが、競走寿命だけではなく、競走馬としてのピークも今後は延びていくだろうか。
「十分考えられます。人間のトップアスリートと一緒ですよね。メンタルのケアやサプリメントを使ったマネジメントも進歩しています。また、輸送についても輸送環境が驚くほど進歩していますので、適正な番組を選択して出走するのが以前よりも容易になりました。こうしたことがピークの長さに繋がると思っていますし、私たちも向上を続けていきます」

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